国立国際医療センター エイズ治療・研究開発センター
 

第2章「針刺し事故防止と暴露後対策」では、針刺し事故の防止対策と、HIV 陽性検体への暴露事故が起こった後の対策について説明します。

まず、針刺し事故を防止するためには、臨床現場において針刺し事故が起こるパターンを知り、そのようなパターンに陥らないようにすることが重要です。
針刺し事故のみならず、HIV のような血液媒介感染症には、スタンダード・プリコーション(標準予防策)の実践が極めて重要ですが、 採血業務は日常頻回に行われているにもかかわらず、多くの医療施設でスタンダード・プリコーション(標準予防策)が実践されていないのが現状であり、今後改善すべき課題であると思われます。

スタンダード・プリコーション(標準予防策)の考え方の基本は、すべての生体材料を感染性のものとして扱うということです。
スタンダード・プリコーション(標準予防策)の適切な実施にあたっては、「状況に応じてマスクやガウンなどの適切な個人防護を行うこと」、 「針の取り扱いは廃棄まで安全に行うこと」、「感染性材料を適切に取り扱うこと」、そして「血液媒介感染症についての正確な知識をもつこと」が重要です。

針の安全な取り扱い、廃棄についてのポイントをあげました。
  1. リキャップは原則的に行わないこと。どうしても行わなければならない場合は、すくい上げ法など安全な手技を実践することが重要です。
  2. 使用後の針は、速やかに針捨てボックスに廃棄すること。
  3. 針捨てボックスは4分の3程度で処分すること。これはボックスからはみ出した針での事故を防止するためと、廃棄した針がボックスからこぼれ出ることがないようにするためです。
  4. 可能な限り安全機材を使用すること。
以上の4点に注意することが重要です。

この写真は、実際に針刺し事故が起こった事例の針捨てボックスです。採血後の針が、蓋のないボックスに大量に廃棄されており、山積みになっています。 事故はこのむき出しの針で指を刺傷して発生しました。これは極端な例であると考えられますが、不適切な廃棄は暴露事故につながるということを常に念頭に置き、適切な廃棄を心がける必要があります。

感染性材料の取り扱いのポイントをあげました。
まず、血液検体や便、尿などの検体を取り扱う場合には必ず手袋を着用し、手袋を脱いだ後は手洗いを徹底することが重要です。
周辺環境を汚染しないためには、検体を医師控え室などの清潔区域に持ち込まないこと、また、手袋をしたまま周囲の清潔なものに触れたりしないことが重要です。
使用した検体を速やかに廃棄することも、事故の防止につながります。

この写真は、採血後の血液の入った注射器が医師控え室に置かれていた例です。 検体を清潔区域に持ち込むという大変に危険な行為ですが、このような原則を徹底しないケースでは、感染性の検体で周辺環境が汚染されるリスクはかなり高くなります。 例えば、感染性下痢症の糞便が持ち込まれて周囲の環境が汚染されれば、院内での二次感染も起こりうるという認識が必要です。

血液などの検体は、写真のようなコンテイナーに入れて運搬することが大切です。 血液検体に限らず、すべての検体はこのようなコンテイナーに入れた状態で運搬することが暴露事故防止の観点から重要なポイントです。 蓋つきのコンテイナーがない場合には、紙コップのような容器に入れて代用することも可能です。 検体運搬に際しては、検体に直接接触することがないようにすることが重要なポイントです。

このグラフは、11,202件の針刺し事故を集計した原因機材の内訳です。最も多いのはディスポ注射器であり、次に翼状針の順になっています。
注意すべき点は、使用頻度を考慮に入れた場合、翼状針の事故割合が相対的に高いという点です。

このグラフは、針の使用前から廃棄までのステップを分解し、どのステップで事故が発生しているのかを示したものです。
事故発生は、針の使用中、リキャップ時、そして使用後廃棄までの3つのステップで大きなピークが認められます。

針刺し事故のデータをまとめると、針刺し事故は、リキャップ時、そして使用後から廃棄までの過程で多く発生するということ、 そして、翼状針による事故が使用頻度に比較して多く、リスクが高い器材である可能性があることが分かります。
これらのことから考えられる針刺し事故防止の対策としては、
  • 採血時には真空採血管を使用し、リキャップをせずに速やかに廃棄すること。
  • 翼状針はなるべく使用しないこと。
この2点がポイントになります。

暴露事故を防止するためのさまざまな対策について説明してきましたが、どのような対策をとったとしても、針刺し事故を含めた暴露事故は一定の確率で発生しえます。 暴露事故が発生した場合は、速やかに対処し、状況に応じて適切な感染予防対策をとる必要があります。
ここからは、主に HIV への暴露事故への対応について説明します。
暴露事故が発生した場合には、まず暴露部位を速やかに大量の流水と石鹸で洗浄し、すぐに責任者に連絡をとり、HIV の予防内服の必要性についてコンサルトすることが必要です。 予防内服の効果は、暴露から内服開始までの時間が経過するにしたがって期待できなくなるため、ただちに対応することが極めて重要です。

暴露事故発生後、コンサルトを受けた責任医師は、「暴露の状況」および「暴露源の状態」から、HIV に対する予防内服を行うべきかどうかを決定します。 想定される感染のリスクと予防内服の推奨度については、責任医師が判断し説明を行いますが、最終的な予防内服の決定は事故者が自己責任で行うことになります。

スタンダード・プリコーション(標準予防策)の概念では、体液はすべて感染性のものとして扱われますが、実際の感染リスクは、図のように体液の種類によって大きく異なります。 HIV の場合、尿や便、唾液などを介した感染はほとんどありません。

針刺し事故では、粘膜面への暴露に比べて、感染のリスクは大変に高くなります。傷のない皮膚への暴露では感染はまず起こりません。
その他のリスクでは、針での傷が深いほど、また針が太い針であるほど、リスクは高くなります。
手袋の着用は、針刺し事故の場合でも、非着用に比べて感染リスクを低くすることが知られています。

暴露源の HIV 感染が判明している場合には、CD4 陽性Tリンパ球数や血漿中 HIV RNA 量が感染リスクのアセスメントに重要です。 薬剤使用歴がある場合は、耐性ウイルスの懸念があり、予防薬の選択に影響を与えるため、薬剤使用歴を聴取する必要があります。
HIV 感染が不明の場合には、可能な限り暴露源となった人の同意を得た上で、スクリーニング検査を実施すべきです。
暴露源が特定できない場合は、病棟内に HIV 感染者がいる確率を考慮し、基本的には HIV 感染があるものと考えてリスク評価を行います。

針刺し事故1回当たりの感染リスクは、HIV の場合 0.3%とされており、C型肝炎やB型肝炎に比べて非常に低いものとなっています。

事故者への説明は、責任者が行います。説明は次の内容を含めることが望ましいと考えられます。
  • 通常、感染リスクはとても低い。
  • AZT の予防内服で感染リスクを 80%低下できる。
  • 2剤以上の予防内服はそれ以上の効果が期待できる。
  • 暴露後、時間が経過すればするほど、感染リスクを低減できる可能性は低くなる。
  • 内服開始後でも、副作用によっては内服中断を検討してよい。

事故者への説明の後、予防内服を行うかどうかを決定しますが、 予防内服は暴露から初回内服までを速やかに行うことが重要であり、基本的には暴露源の HIV 検査結果を必ずしも待たずに、第1回目の内服を開始すべきです。
しかし、迅速キットなどの使用により、15分程度で HIV の検査が可能な場合や、事故者が妊娠している可能性がある場合には、HIV の検査結果を待ってから予防内服を判断するべきです。

針刺し事故発生は、夜間、休日を問わず常に発生しうるため、事故後に速やかに責任者と相談できない事態も考えられます。 そのため、医療施設内にいつでも使用可能な抗 HIV 薬を常備し、フローチャートに沿って自己判断で内服を開始できる準備をしておくことが重要です。 この図は、当センター(ACC)で使用しているフローチャートです。

暴露事故後の予防内服、すなわち PEP(post-exposure prophylaxis)については、CDC のガイドラインが出ています。 この表は CDC のガイドラインを改変したものです。まず、暴露量や感染源の HIV の状態から、EC および SC を決定します。

評価された EC および SC から、予防内服に関する推奨度が決定されます。 重要なポイントは、これらのガイドラインをふまえた上で、内服の有無、組み合わせを含め、最終的には事故者が決定するということです。

上の表は、ガイドラインによる Basic regimen の推奨組み合わせです。
basic regimen では、AZT と 3TC の内服が第一選択とされていますが、この組み合わせは消化器系の副作用が強く、必ずしも飲みやすいものではありません。一方、d4T と 3TC の内服は比較的副作用が軽微です。

下表の expanded regimen では、basic regimen にあと1剤を加えることになりますが、これらの中では NFV の内服が容易であり、しばしば選択されます。 IDV は消化器系の副作用が強く、EFV はフラフラ感やめまいなどの副作用が必発です。当センター(ACC)では飲みやすさや副作用を考慮し、NFV あるいは状況により LPV/r を頻用しています。

予防内服の問題点は、副作用が強く、多くの医療従事者が 28日間の予防内服を完遂できない点にあります。 また近年増加している薬剤耐性ウイルスにより、予防内服薬剤の選択が難しくなってきている点もあげられます。
さらに薬剤性の肝機能障害やアレルギーなどを含め、安全性および有効性に関するデータも十分にあるとはいえないのが現状です。

針刺し暴露後に HIV に感染してしまった場合には、暴露後平均 25日で、約8割の症例で急性 HIV 感染症の症状が出現することが知られています。 抗体の陽転化は平均 46日目に起こり、95%は暴露後6ヶ月以内に陽転化しますが、6ヶ月以後に陽転化した例がこれまでに3例あったとされています。

暴露事故後のフォローアップとして、暴露時、6週後、3ヶ月後、6ヶ月後に抗体検査を施行します。 ただし、先に述べたように、6ヶ月以後に陽転化した症例が知られていることから、12ヶ月後にもチェックすべきであるとの見解もあります。
観察中に急性 HIV 感染を疑う症状が出現した場合には、PCR によって感染の有無について検査を行います。
「暴露事故後の予防内服」の実際の対応に当たっては、CDC の最新のガイドラインを参照するようにしてください。